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プラザ合意とは?
英語:Plaza Accord
別名:プラザ合意(G5)
意味
1985年9月、日米欧の主要5か国が為替市場への協調介入などでドル高を是正することで合意した出来事です。その後に急速な円高が進みました。
くわしい解説
1985年9月、ニューヨークのプラザホテルで、日本、米国、西ドイツ、フランス、英国の蔵相・中央銀行総裁会議(G5)が開かれました。当時は米国の貿易赤字が大きく、ドルが高すぎるという認識が共有されていました。そこで各国は、為替市場への協調介入などを通じてドルの水準を下げることで合意しました。
合意後、ドルは下落し、円相場は1年ほどで大きく上昇しました。日本では輸出産業の収益が悪化して円高不況への不安が広がり、政府・日銀は低金利と内需拡大を進めました。この低金利がバブル経済の一因になったとする見方がある一方、他の要因を重視する意見もあり、評価は一様ではありません。
今も、円安が進むたびに「プラザ合意のような協調が必要か」という議論が出ます。そうした記事では、当時と今とで、通貨の方向(ドル高是正か円安是正か)や各国の事情がどう違うかに注意して読みましょう。
例・ヒント
例:合意の前後で、円相場はおよそ1ドル=240円前後の水準から、1年ほどで150円台へと動きました。輸出企業は円高の影響に対応するため、海外生産を増やす動きを強めました。
よくある誤解・注意点
日本だけが円高を約束させられた協定という理解は正確ではありません。主要5か国がドル高の是正で合意したもので、円以外の通貨も対ドルで上昇しました。また、その後のバブルの原因をプラザ合意だけに求めることもできません。
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